本日、 東日本大震災から3年が経ちました。

昨日のブログで、昨年から今年にかけ、福島、宮城で取材を行ったことを書きましたが、その取材記事を公開している香港のWeb新聞「主場新聞」で第二回目となる続きの記事が公開となりました。

【311三周年連載之二】福島孩子笑聲中 甲狀腺癌個案增 

前回の記事はこちら
香港のウェブ新聞「主場新聞」に福島、宮城県の取材記事が掲載されました

取材記事は掲載メディアが香港のため、全編中国語で書かせていただいたのですが、日本語に翻訳いたしましたので、日本に皆様にも読んでいただければと思います。

福島の子どもたちに笑顔を 増加する甲状腺がんと放射能被害
「甲状腺がんおよびその疑いのある子どもは計75人」

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2014年2月7日に発表された第14回福島県「県民健康管理調査」検討委員会の報告に衝撃が走った。悪性ないし悪性疑いとされた18歳未満の子どもは、前回2013年9月末の58人から16人増加。発表のたびに甲状腺がんの子どもたちの数は増加していく。これまでに34人の手術が行われ、33人の子どもが甲状腺がんと確定した。しかし、日本政府も福島県も、これを「福島原発事故の放射能汚染が要因」だとは認めていない。「レベル7」の原発事故との因果関係を否定しているのである。

<子どもたちを守るために>
原発事故による未曾有の放射能汚染で健康被害の危険にさらされている福島県下の子どもたちと家族を守ろうと発足したNPO団体がある。「ふくしまHOPEプロジェクト」。山本真理子さんは同プロジェクトのコーディネーターとして活動している。

昨年4月下旬、福島の放射線量が年間20ミリシーベルトを超えるとわかってから、福島のお母さんたちの多くは「福島県民は見捨てられた。国は情報を隠すだろうし、発表される情報も信頼できない」と感じていたという。だから、すべての行動は自分たちで判断し、自分たちが責任を持たなければならない。水道水を飲むことを止め、野菜も県外産を購入する。親たちは子どもを守るために必死に動いてきた。

高価な線量計を購入し、家の中から保育園に至る隅々までの放射能の値を計る日々。毎週末には子どもを県外に連れ出す家族。母子避難を選択し、結果、離婚に至ってしまった家族……。子どもを守るためにこうした苦渋の決断をした家族がどれほど多くいたことか。一方、外で遊べない子どもたちは体力が落ち、少し散歩しただけでも疲れやすくなっていった。経済的に、またさまざまな事情で福島から出られない人々も多い中、特に放射能の影響を受けやすい子どもちの健康被害が懸念されている。 

「ふくしまHOPEプロジェクト」はそんな子どもたちを週末ごとに保養地に連れていく取り組みを展開している。太陽をいっぱい浴びて体を動かす機会にするとともに、講師を招いた食事指導や専門医師の助言などで親子ともに充実する時間を過ごしてもらう。「子どもたちの笑顔をとり戻すためにも活動の幅をますます広げていきたい」と山本さんは話す。 
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<変化の兆し>
3年経った今、少しずつだが福島県内に変化がみられている。行政面では福島市、二本市、いわき市の各市長が選挙により新たな顔ぶれに入れ替わった。県内第3位の28万人余が住む福島市では原発事故後、多くの家族が県外へ避難し、人口流出が続いている。福島市長は40万人都市になることを目指し、復興・復旧の加速化を唱える。しかし、除染作業は計画の10%にも満たない。今後は力を入れていく方針というが、道のりは長い。二本松市は、夫婦のどちらかが40代以下であれば、家賃の補助をすることを決定。郡山市では子どもたちのために大きな‘室内‘遊び場施設を4箇所増設する計画だ。行政側はこうして、子どもたちや若い家族を福島県に引き留めようと躍起になっている。飯館村では、試験的な稲作の実施を開始した。他地域は年間1ミリシーベルトだが、大量の放射能を浴びたこの村では「年間100ミリシーベルト」を目指して除染している。

一方、学校では「地産地消」の給食が始まった。しっかりと食物中の放射線量を測定し、基準値以内のもの、限りなく不検出とされる食材だけを使用している。県産米も放射線量が不検出とされるものは売りに出されている。福島は「あんぽ柿」が有名だが、震災当初は基準値を超えた放射線量が検出され、出荷停止していた。しかし昨年からは基準値以内に収まり、販売が可能になっている。

<自立し始めた人々>
子どもたちの甲状腺がんの増加について、行政側が「放射能汚染との因果関係がない」と発表していることは冒頭で紹介したが、ある医師は筆者にこう話した。

「確かに、あの事故が理由でガンが発症したと立証することは難しい。でも、もともとガン細胞があり、あの事故によりその発症を早めたことは間違いないのではないかと思う」
こうしたなか福島のある医大では、小児腫瘍科が設立される計画だという。「心配する人々のために設立する」というが、はっきりその理由を語ろうとはしない。

小さな子どもを外に出せずにいるお母さんも未だ多くいる。また、学校給食についても、地産地消に反対している活動もある。「線量が高くて怖い」という声は依然として多いのだ。

不安を拭えない日々。だが、いつまでもふさぎ込んではいられない。自分でできることを、ストレスを抱えずに実行していきたい――それが福島のお母さんたちの切なる想いだ。何を信じていいのかわからなくとも、自らの選んだ情報を信じて生きていくと思うようになった福島の人々がここにいる。原発事故は多くの被害者を生み出す一方で、政府や行政から自立しようとする人たちをも生み出している。
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二回目となる今回の記事はここまでとなります。
(最後の記事は明日公開予定です)

三回にわたり書かせていただいてるこちらの取材記事、少しでも多くの方に読んでいただければと思います。